認知科学

ワーキングメモリは何個まで覚えられるのか

隣り合う2つの数を足して上へ積み上げていく、計算ピラミッドというパズルがあります。これを暗算で解いていると、途中で数が消えます。下の段で出した和を覚えたまま次の和を計算しようとして、さっき出したはずの数が出てこない。ひとつひとつの足し算は簡単なのに解けない、という状態になります。

これは計算力の問題ではなく、ワーキングメモリの容量に当たっているだけです。何個まで覚えていられるのか、そして訓練で増やせるのかを調べたので、まとめておきます。

計算ピラミッドとは

一番下の段に数を並べ、隣り合う2つを足した数をその上に書く。それを繰り返して頂点までたどり着くパズルです。小学校のプリントや暗算アプリでよく見かけます。

3 1 4 2 4 5 6 9 11 20 隣り合う2つを足す 頂点

下段が 3 1 4 2 なら、2段目は 4 5 6、3段目は 9 11、頂点が 20 になります。問題として出すときは一部のマスを空欄にして、残りから復元させます。下の2つが埋まっていれば足し算、上と下の片方が埋まっていれば引き算です。

以降は、この形を紙に書かずに解く場合の話として読んでください。

ワーキングメモリとは何か

短期記憶とほぼ同じ意味で使われることがありますが、区別されています。短期記憶が保持だけを指すのに対して、ワーキングメモリは保持しながら操作する働きを指します。電話番号を復唱するのが前者、その番号の下4桁を足し合わせるのが後者です。

よく使われるのは Baddeley と Hitch が1974年に提案した多成分モデルで、次の三つを置きます。

  • 音韻ループ:言葉や数を音として保持する。頭の中で数を唱え続けて忘れないようにする働きがこれにあたる
  • 視空間スケッチパッド:形や位置を保持する。ピラミッドのどのマスが空いていたかを覚えているのがこれ
  • 中央実行系:どちらにどれだけ注意を割り当てるかを決め、操作そのものを行う
中央実行系 注意の配分と操作 音韻ループ 音として保持 視空間スケッチパッド 形と位置を保持

暗算は三つとも使います。数を音で保持しながら、盤面のどこの話かを追い、足し算を実行する。どれかが詰まると全体が止まります。

7±2 という数字の出どころ

ワーキングメモリの容量として広く知られているのは「7±2」でしょう。出典は Miller が1956年に書いた論文で、タイトルからして「マジカルナンバー7±2」です。

ここで数えているのは項目数ではなくチャンク、つまり意味のまとまりの数です。090-1234-5678 は数字としては11個ですが、3つのまとまりとして覚えれば3チャンクで済みます。区切りのない 09012345678 が急に覚えにくくなるのは、チャンク化の手がかりが消えるからです。

0 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 区切りなし:11 個 090 1234 5678 区切りあり:3 チャンク

では実際はいくつか

7±2 はあまりに有名になりましたが、その後の推定値は下がっています。

Miller が観察した課題では、頭の中で唱え直すリハーサルや、複数項目のチャンク化が働いていました。それらを使えない条件で測り直すと、保持できるのは 3 から 5、中心はおよそ 4 になります(Cowan, 2001)。いま容量の話をするときは、7 ではなくこちらの数字を前提にするほうが実態に合います。

暗算の体感とも合います。4段のピラミッドで同時に4つ以上の中間値を抱えることになると、途端に落とすようになる。

チャンクの大きさ

容量が 4 チャンクだとしても、1チャンクの中身は人によって違います。

有名なのは Chase と Simon が1973年に報告したチェスの実験です。熟練者は実戦で現れる局面を数秒見ただけでほぼ再現できるのに、駒をランダムに置いた盤面では初心者と変わらなくなります。覚えられる個数が増えたのではなく、意味のある配置がひとかたまりとして扱えるようになっていた、という話です。

暗算でも同じことが起きます。7 + 8 を計算せずに 15 として取り出せる人は、そこにワーキングメモリを使いません。九九を覚えているかどうかで筆算の負荷が変わるのと同じ構図です。訓練で伸びるのはたいていこちらで、容量そのものではありません。

暗算で何が起きているか

暗算が重いのは、保持と操作を同時にやるからです。

計算ピラミッドを下から積む場合を考えます。2段目で3つの和を出したら、その3つを覚えたまま3段目の計算に入る。3段目を計算している最中も2段目の値は捨てられません。上に行くほど覚えておく数が減っていくので、後半はむしろ楽になります。

3 1 4 2 保持 4 下段を覚えた状態 4 5 6 保持 3 2段目を出したところ 9 11 保持 2 3段目を出したところ

きついのは最初の一手です。下段の4つを抱えた状態から2段目を作りにいくところで、抱える数が最大になります。

繰り上がりが挟まると一段重くなります。7 + 8 のように繰り上がるペアは、答えを取り出せない場合に「10 を作って残りを足す」という手順そのものを実行することになり、中央実行系を余分に食います。その間、保持しているほうの数が落ちやすくなる。

同時に抱える数の最大値が、暗算パズルの体感的な難しさをかなりよく説明します。この量を難易度の軸にする話は計算ピラミッドの生成のほうに書きました。

鍛えられるのか

一番聞かれるところですが、答えは二つに分けないと不正確になります。

訓練した課題そのものは上手くなります。n-back 課題を毎日やれば n-back のスコアは上がる。これは繰り返し確認されています。

問題はその先です。2008年に Jaeggi らが、n-back の訓練によって流動性知能が向上したと報告して大きく注目されました。その後の追試では同じ結果が出ず、訓練課題に似た課題への転移(近転移)は見られるものの、知能検査の成績や日常の作業への転移(遠転移)は確認できていない、というのがメタ分析の結論です(Melby-Lervåg & Hulme, 2013 ほか)。

商業的な主張には規制も入りました。2016年、米国の FTC は Lumosity に対して、脳トレによる認知機能の向上や認知症の予防をうたった広告に十分な根拠がないとして措置を取り、200万ドルの支払いで決着しています。

ただし、遠転移が確認されていないことと、効果がないと証明されたことは同じではありません。測定の難しさもあり、決着していない論点も残っています。それでも現時点では、「これをやれば頭が良くなる」と言える根拠はない、と考えておくほうが安全です。

負荷の指標としての使い道

鍛える手段としては保証できませんが、負荷を測る物差しとしては十分に使えます。

暗算アプリの難易度を段数で決めているものが多いのですが、これはあまり当てになりません。4段でも引き算が多く繰り上がりが続く問題は、5段の足し算だけの問題よりずっと重い。同時に抱えなければならない数の最大値を数えるほうが、体感に近い順序が出ます。

公開しているピラミッド暗算は、この量を難易度の軸にして組んでいます。頭が良くなるとは書いていません。暗算パズルとして単純に面白い、というのが作った理由です。